ぜんまい仕掛けの宇宙船

−三文小説家見習い・小倉洋の作品置場−

ショートショート

あなたのそばに

「いらっしゃい」 もうすっかり顔馴染みのマスターが、いつもの優しい声で迎えた。「この雨で、桜もすっかり散ってしまいます」 グラスを磨きながらそういうマスターは、少し雨に濡れた彼女の髪や肩に目をやると、乾いたハンドタオルを手渡した。 JR千葉駅…

女の子だもん

「オートバイは自由の翼だわ」 まだ少し朝もやが残る山間《やまあい》の、緩やかなカーブが続く道。木々の間から溢れる早朝の陽の光と濃緑が織りなすグラデーションの中を、次々と現れるカーブを右手のアクセルワークだけで「タタタッ……」という歯切れ良い排…

契約

「お前の望みを言え」 深夜0時。安アパートの自室。 明日、会議に提出する企画書の作成でテンパっている俺の傍らに、見知らぬ男が立っていた。 紫色のスパンコールジャケットに白のパンタロンという、大昔の演歌歌手のような出で立ちの男が、人間でないこと…

クソったれな気分

彼女はこれまでの人生で最低最悪な土曜の朝を迎えていた。 太陽はすでに高く昇っている。エアコンがタイマーでオフになったせいで、肌は薄っすらと汗ばんでいる。昨夜は幕張の自宅に帰り着くや乱暴に服を脱ぎ捨て、化粧も落とさず飲み始めた挙げ句に、不覚に…

霧よ

間欠ワイパーの規則的な動きがフロントウィンドウの水滴を拭って( ぬぐって ) も、近くの車のテールライトが赤く滲(にじ) むほどに霧が濃い。 1978年型フォード・ブロンコというアメリカ製4WDの、淡いクリーム色をした巨体を季節外れの海水浴場の駐車場…